よくわかるSDGs講座シリーズ | アジア・アフリカの保健医療の現場を中心に、SDGsの全体像を習得し、企業・教育現場・市民社会などでSDGsを推進するためのヒントを探すための講座シリーズです。

第10回講座 日本とアジアの高齢化

講演1「日本の介護政策とアジア健康構想」
駒澤大佐 (東アジア・アセアン経済研究センター 総長特別顧問)


【講演要旨】 アジアの高齢化と日本の介護政策を議論するにあたり、まず、世界人口の推移、また本講座シリーズのテーマでもあるSDGsと高齢化について見ておこうと思います。 世界人口は、ここ数百年急激に増加しています。一方で、世界人口の推移を、時間軸、人口軸ともに対数のグラフで表すと、 最も急激な変化は数千年前に起こっており、その後伸びは緩やかになっているようにも見えます。人口構造は、ここ数百年、子どもの死亡率の低下、平均寿命の延長、出生率の低下等により、大きく変化しました。 多くの国で高齢化が進んでおり、中でもアジア各国の高齢化の速度が目立ちます。SDGsで高齢化への言及はそれほど多くありませんが、SDGsが達成されれば必然的に高齢化します。 つまり、高齢化は人類の成果であり、人類の新たな可能性です。高齢化した社会で人類がどのように生きていくか考えることは、夢のある研究であり、世界一の高齢化国である日本が貢献できることも多いと考えます。
  次に、アジアの高齢者を見ていきましょう。フィリピンで見た高齢者は、身体機能、認知機能の低下した高齢者でも家族、地域による介護が行われている、 あるいは個人的に雇用した家内労働者による介護が行われています。血液透析を受ける必要のある方は、公的医療制度の範囲内で何とか透析を続けていました。 海外との係わりが深いのもフィリピンの特徴です。インドネシアは山間部の高齢者を訪問したためか、地域の互助組織の活動が印象的でした。また、70歳を過ぎた高齢者でも水汲みを自ら行うなど、 活動度の高い高齢者が目立ちました。インドネシアの公的高齢者収容施設も訪問しました。これは経済的に困窮した高齢者を収容する等、社会福祉の一環として設置されています。 日本の高齢者を見ると、地域との係わりが他の二か国より少ないような印象を受けます。また、賛否はともかく、要介護度の高い高齢者が病院に収容されている例も少なくありません。 ここで取り上げた3か国の高齢化政策を比較すると、まず年金は、日本のみがすべての国民が加入する制度を持つ一方、フィリピン、インドネシアは被用者年金のほかは、 低所得者を対象とした給付が存在するのみです。介護に関しては、公的介護制度は日本のみが持ちます。医療は、3か国とも公的医療保険制度を持ちますが、フィリピン、 インドネシアは加入率の向上に課題があるようです。
  高齢化が先行する日本の、東南アジアその他アジア地域への貢献として、日本政府は「アジア健康構想」を立ち上げました。これは政府の成長戦略が一つであり、 急速な高齢化が進むアジア全体で健康長寿社会を実現し、経済成長にもつなげていきたいという構想です。 東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)は「アジア健康構想」に関連する調査研究を担当しています。「アジア健康構想」の理念、現在進行中の研究プロジェクトは、 2019年1月に立ち上げたウェブサイトに掲載されています。ERIAはアジアの経済統合を推進する政策研究を行う機関として、2008年に設立された国際機関です。 ASEAN議長国を支援するという役割も担っており、経済統合の深化、格差縮小、持続可能な発展を研究の三本柱としています。 「アジア健康構想」に関連する活動は2017年に始まり、いくつかの研究プロジェクトも行っています。そのうち、高齢者縦断調査については、フィリピン、ベトナムを対象に、 各国6千人の高齢者を無作為抽出し、2年ごとに対面調査を行う予定です。第1回調査は現在行われているところです。外国人介護職による介護技能移転の研究では、 まだまだ介護職の地位が確立されているとは言えない東南アジアで、日本からの介護の知識、技術の移転を通じて、介護職の地位を向上し、 将来の高齢化に貢献したいという思いを持って実施しています。 最後に、繰り返しになりますが、高齢化は人類の成果です。この成果をどのように活用するか、日本が貢献できる部分が多いでしょう。 それと同時に、東南アジアはじめ、他の国から学ぶことも多いと思います。今後とも、健康長寿社会の実現を目標に、国際的な協力を進めるべく、努力してきたいと思います。

講座内容(近日公開)



講演2「長寿化と健康:日本の事例」
林玲子 (国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部部長)


【講演要旨】 人口高齢化や移民を含む、「人口ダイナミクス」は、SDGsのゴールとはならなかったが、直接的、間接的に、高齢化はSDGsと関連している。 直接的にはゴール2ターゲット2(2.2、以下同様に記す)の栄養に関して、11.2、11.7のまちづくりに関して、高齢者(older persons)が対象として明示されており、 また3.4の慢性疾患による死亡削減も高齢者に直接関わるといってもよいだろう。さらに1.3の社会保護制度には高齢者に対する年金、生活保護を含むものであり、 3.8のUHC、5.4の無報酬の家族介護、8.8の移住労働者は介護人材も含むものであり、間接的に高齢化に関わるといってもよい。 また、国連採択文書A/70/L.1の中で、SDGs指標を特性別に示すこと(disaggregation)の重要性が強調されており、 年齢別に指標を出すことで高齢者におけるSDGs達成がモニタリングされることとなる。
  世界全体で人口動向をみると、今後0-14歳人口は増加せず、15-64歳人口は増加するが、より大きく増加するのは65歳以上の高齢者である。 高齢者割合は世界どの地域でも増加し、子どもと高齢者を分子に、労働力人口を分母に算出した従属人口指数をみると、2010年に底をうち、 その後右肩上がりに増加することが見込まれており、世界全体で高齢化が進行している。また今後高齢化が進行する中・低所得国では、高齢化のスピードが非常に速い国も多く、 また割合だけではなく高齢者数の増加に注目すれば、アジア、ラテンアメリカ同様、アフリカにおいても20年間で倍増するほど増加幅が大きい。 日本においては、平均寿命は継続して延長しているが、高齢人口が多いことから死亡数は増加しており、戦前1920~30年代と同様の水準で、死が身近にある社会であるといってもよい。 死因別死亡率をみると、戦前から戦後にかけて、感染症から慢性疾患への疫学転換が起こっているが、日本において注目すべきは、 脳血管疾患が1970年から大きく減少に転じていることである。これは、国民皆保険制度により降圧剤が普及し、また脳卒中予防特別対策(1969~1971)が実施されは、 脳血管疾患死亡率が高い市町村を対象に住民に対する血圧測定と高血圧者に対する医療提供を行ったことが功を奏していると考えられる。 これはまた、死因別死亡統計が整備されることの重要性を示すものである。さらにこの時期には、悪性新生物実態調査や成人病基礎調査といった疾病別調査が実施され、 がんセンター(現在の国立がんセンター)や高血圧・心臓病センター(現在の国立循環器病センター)などの拠点が設置され、多くの施策が実施された。 また、理学療法が診療報酬に組み込まれたことによりリハビリが普及するとともに理学療法士数が増加したが、このことは、 診療報酬制度が全国に適切な医療を浸透させる役割を果たしたことの実例である。現在では寿命のみならず、健康寿命の伸長も目標とされているが、健康とは様々な定義がありうる。定義別に健康寿命の推移をみると、 公式定義である日常生活の影響の有無につけくわえ、主観的健康感、非ねたきり、といったいずれの指標でも、健康寿命は伸長している。 施設居住者について補正しても同様である。一方、手助けが不要という定義では、特に女性に関して、健康寿命は停滞している。
  日本において65歳以上で年金を受給している人の割合は、2010年の96.0%から2016年には95.0%と、微減しているが、ほとんどが受給している。 一方世界に目を転じると、いまだアフリカをはじめ受給率が低い国も多いが、ゼロではない。SDGs1.3の推進にあわせ、今後制度が少しずつ拡大していくのではないだろうか。 日本において介護制度は整備されてはいるものの、介護の担い手として家族は重要で、主な介護者の7割は家族である。家族のうち誰が介護するかは近年変化しており、 特に子の配偶者、つまり嫁が介護をする割合が減り、子や別居の家族の割合が増えている。また介護者の多くは女性であることに変わりはないが、男性の割合は増加の傾向にある。 介護保険導入の際に、家族介護者に手当を払うかどうかで議論があったが、手当を払うことで嫁が介護することに無言のプレッシャーがかかる、という理由で、 家族介護者手当は導入されなかった。昭和時代には当たり前とみなされていた「長男の嫁が介護する」というモデルが急速に崩壊してきている。同様に、アジア、アフリカ、 世界各国でも文化により、またその変化により、家族介護者のありようは様々である。

動画(講演2)の視聴