講演1「日本の教育現場におけるSDGsの取り組み」 手島利夫 (元江東区立八名川小学校長)
【講演要旨】 SDGsアワードへの応募はSDGsが教育の視点抜きに推進されることへの危機感からでした。企業や研究団体がSDGsを進めようとすると、分断的になったり、イベント的な取り組みになったりして、人は育たないのです。誰一人とり残さないはずが、コンクール的では優劣をつけてしまいます。人づくり、認識の深まりを大切にしたいと思いました。学習指導要領で重視されている中身はみんな価値があり、それをきちんとやっていくことが、日本でSDGsを進めていく上で、とても大事であります。また、環境、人権、多文化理解プラス学習スキルという視点で学びを繋げていくことが大事だと思います。単元をばらばらにやってもダメなのです。繋げるのです。時間的余裕の中に、人とのかかわり、関係機関とのつながりが含まれやすくなってくるのです。カリキュラム・マネジメントとは教科分断的な従来の指導方法から、教科横断的な発想へ、環境の教育、国際的な協力、多文化の理解、人権・命の教育の視点をもって繋げると、より良い教育が生まれるのです。 10年前の学習指導要領では豊かな人生を目指した個人の成長が中心でした。新しい学習指導要領には個人の成長とともに、社会人としての役割が前文に明記されました。持続可能な社会の創り手を育むという考え方は、ESDそのものです。その創り手に求められる資質や能力は単なる学力だけではないのです。主体的に学習に取り組む態度、コミュニケーション能力、豊かな心や創造性、体力というものを重要視しています。 昔は知徳体と言ったが、今の知はただ知っていればいいものではなく、課題解決能力をしっかり育てなければならない時代になりました。基礎的・基本的な知識・技術の習得とその活用のために、カリキュラム・マネジメントして学習を繋げて考える中で、豊かな深い学びを創り、問題解決的な学習過程を重視して、対話的な協調的な場面を創るのです。これをしない限りダメなのです。今までの学習は教え込んでいました。デモストレーション、グループ討議、自ら体験し、他者に教えることで、学びは深まるはずです。学びに火をつけられる教師が育たなければならないのです。企業でも社会教育でも同じです。学びに火をつける、活躍している人のお話を聞く、調べる、取り組んだ成果・課題の発表、アドバイスをし合う、まとめる、発表する、プレゼンテーションすることで人は成長します。企業におけるSDGsでも企業としての持続可能な社会づくりに向けたコンセプトづくりと共有をベースに、一人一人が問題意識をもつと同時に各部署が連携しながら全社を挙げた取り組みをするように期待しています。
講演2「福島県川内村における復興支援:災害からの復興とリスクコミュニケーション」 高村昇 (長崎大学 原爆後障害医療研究所教授) 折田真紀子 (長崎大学 原爆後障害医療研究所助教)
【講演要旨】 2011年の福島第一原発事故直後、長崎大学の医療チームが緊急時被ばく医療体制の構築のために派遣されましたが、当時の福島は情報の混乱が非常に深刻でした。そこで我々は、福島県立医科大学の医療関係者を対象に、放射線被ばくと健康への影響についてのクライシスコミュニケーションを行いました。その際、医療従事者であっても、放射線被ばくと健康影響の知識は、必ずしも重要ではないということに驚きました。 福島第一原発事故後、内部被ばく低減対策として、国は暫定基準値を設定。早期避難を含め、被ばく線量の低減化対策は非常に効果的だったのですが、そのことについてわかりやすく説明できる人間が皆無でした。このことを痛感した我々は県庁に赴き、情報を正しく伝える重要性を話しました。その後すぐに福島県から健康リスク管理アドバイザーになって欲しいと要請され、就任した翌日には、いわき市で住民を対象とした初めてのクライシスコミュニケーションを行いました。私たちが一通り説明したのち、住民からは次々と質問が出ました。実際、上記のような対策を行ったこともあり、福島における住民の被ばく線量はチェルノブイリより遥かに低いことが予想されていました。実際、チェルノブイリでは放射性ヨウ素に汚染された牛乳を子供が沢山飲み、それが甲状腺の内部被ばくを引き起こし、のちの小児甲状腺がんの多発につながったのです。 福島では、事故によるがんの増加は考えにくいのですが、多くの住民が事故による被ばくによって将来甲状腺がんが起こる、遺伝的影響が起こると考えていました。さらには避難生活によって肥満が増えました。これは放射線被ばくによるものではありません。避難に伴う運動不足によって肥満が増加したのです。 現在福島県では、県民の健康を見守る目的で県民健康調査が行われ、その中で事故当時18歳以下だった世代を対象とした甲状腺検査が行われています。調査の結果、これまでに200名あまりに甲状腺がんが発見されました。しかし大切なことは放射線被ばくと甲状腺がんに因果関係があるかどうかです。長崎やチェルノブイリの経験から、放射線被ばくによる甲状腺がんは事故当時若い人に多発するはずですが、福島では事故当時の年齢が上がっていくほどがんが増えています。これは、今まで行っていなかった検査をすることによって病気が発見される、スクリーニング効果によるものであると考えられています。しかしながら今後も注意深く福島の若い世代の健康を見守る必要があります。 チェルノブイリ、長崎の知見から、放射線被ばくと甲状腺がんとの関係を住民にどう理解してもらうかがこれからの課題です。発災時のクライシスコミュニケーションから、慢性期のリスクコミュニケーションに状況は変化していったのです。 現在、福島では復興に向けて、避難指示区域が再編されています。長崎大学では避難した自治体のうちいち早く2012年3月に帰還した川内村と、事故後6年後から帰還を開始した富岡町に復興推進拠点を設けて活動をしています。川内村では、除染作業やインフラ復興が一早く行われ、現在では住民の8割が帰還しています。一方、富岡町は帰還意向調査の結果、戻りたい人は2割以下、戻らないと決めてる人が6割です。長崎大学では川内村や富岡町の拠点活動を通じて住民の外部被ばく線量、内部被ばく線量の評価、およびそれらの結果を踏まえたリスクコミュニケーション活動を行っています。例えば富岡町では、住民のニーズ把握のために、サロンのように自由に住民が集まって話す車座集会を開催しています。事故から7年が経過し、放射線への不安が払拭できただけでは解決できない問題があります。そのためにも行政と連携しながら復興支援活動を行うことが極めて重要です。 特に内部被ばく線量の評価のために、長崎大学では川内村、富岡町の食物中の放射性セシウム濃度の測定を行っています。現在自家消費野菜からはほとんど放射性セシウムが検出されることはありませんが、山菜やきのこなどからは比較的高頻度で放射性セシウムが検出されます。長崎大学では放射性セシウム濃度の測定結果から住民の内部被ばく線量を推定し、それをもとにしたリスクコミュニケーションを行っています。事故から8年が経過しましたが、福島では未だに多くの方が故郷に戻れないのが現実です。長崎大学は今後も長崎、チェルノブイリにおける経験や科学に基づいたデータを基盤として、住民に寄り添った継続的なリスクコミュニケーションを実施していきます。